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東京地方裁判所 昭和43年(特わ)45号 判決

本籍

東京都台東区台東三丁目二四番地

住居

同都同区池之端四丁目一四番四二号

会社役員

渡辺明

大正一五年一月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官川島興出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役六月及び罰金一、三〇〇万円に処する。

右罰金を完納しないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

但し、本裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都台東区台東三丁目一五番五号及び同区上野六丁目四番一九号に店舗を設け、新富ゴルフ商会の名称でゴルフ用具の販売業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れるため売上の一部を除外して簿外預金を設定する等の方法により所得を秘匿したうえ、

第一、昭和三九年分の実際課税所得金額は、別紙一修正貸借対照表(昭和三九年一二月三一日現在の分)並びに別紙三税額計算書(昭和三九年分)記載のとおり四、四六五万二、一〇〇円でこれに対する所得税額は二、四九九万七九二〇円であつたにもかかわらず、昭和四〇年三月一五日、東京都台東区東上野五丁目五番一五号所在の所轄下谷税務署において同署長に対し、課税所得金額は三万四、七〇〇円の損失であつて納付すべき所得税はない旨内容虚偽の確定申告書を提出して、右正規の所得税額二、四九九万七、九二〇円は法定の納付期限に納付せず、もつて不正な行為により右同額の所得税を逋脱した

第二、昭和四〇年分の実際課税所得金額は、別紙二修正貸借対照表(昭和四〇年一二月三一日現在の分)並びに別紙四税額計算書(昭和四〇年分)記載のとおり五、八二〇万五、二〇〇円でこれに対する所得税額は三、四五六万七、三二〇円であつたにもかかわらず、昭和四一年三月一五日、前記下谷税務署において同署長に対し、課税所得金額は一〇五万九、八〇〇円でこれに対する所得税額は一八万七、九五〇円である旨内容虚偽の確定申告書を提出して、右正規の所得税額と申告税額との差額三、四三七万九、三七〇円については法定の納付期限に納付せず、もつて不正な行為により右同額の所得税を逋脱した

ものである。

(証拠の標目)

(一)  全般について、

一、国分昭一作成の上申書

一、渡辺ハル子並びに飯島千代子の各大蔵事務官に対する質問てん末書及び検察官に対する供述調書

一、下谷税務署長作成の修正申告書写

一、押収にかかる元帳二冊(昭和四三年押第五二九号の一)、所得税確定申告書計二綴(同号の五二、五三)、決算申告書計二綴(同号の五四、五五)並びに損益関係元帳(同号の五八)

一、被告人作成の上申書一〇通

一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書一六通(昭和四二年二月一三日付、同月一六日付のものを除いた一六通)並びに検察官に対する供述調書三通

一、被告人の当公判廷における供述

(二)  別紙各修正貸借対照表の各勘定科目のうち、

(1)  現金について

一、国分昭一の検察官に対する供述述調書

(2)  当座預金、普通預金、定期預金、定期積金、通知預金並びに預金利息について、

一、大蔵事務官大沼三郎作成の預金残高及び受取利息の調査書

(3)  貸付信託について

一、大蔵事務官大沼三郎作成の貸付信託残高及び受取収益調査書

(4)  金銭信託について

一、大蔵事務官大沼三郎作成の金銭信託残高及び受取収益調査書

(5)  売掛金について

一、サワダゴルフ代表者松本はなゑ並びに株式会社十合東京店長松本勝太郎各作成の回答書

一、押収にかかる売掛帳計二冊(前同押号の二、三)

(6)  受取手形について

一、北村武雄の大蔵事務官に対する質問てん末書(但し、昭和四二年二月一〇日付=以下四二・二・一〇の如く略記)並びに同人作成の上申書

一、大蔵事務官遠藤昌司作成の現金有価証券等現在高検査てん末書

一、日本信託銀行下谷支店三好聰作成の証明書

(7)  商品について

一、国分昭一の大蔵事務官に対する質問てん末書二通(四二・一・二四、四二・二・二〇)並びに検察官に対する供述調書

一、佐々木周吉の大蔵事務官に対する質問てん末書並びに検察官に対する供述調書

一、押収にかかるたな卸表計二綴(前同押号の二一、二二)

(8)  貸付金について

一、高森勇の大蔵事務官に対する質問てん末書、検察官に対する供述調書並びに同人作成の上申書二通

一、鈴木三枝子の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、沢田保知の検察官に対する供述調書

一、小野武夫作成の上申書(但し、記録番号一四一のもの)

一、押収にかかる預り証一袋(前同押号の七)、借用証二枚(同号の一六)、工事関係請求書一袋(同号の二〇)領収書一袋(同号の三七)並びに契約書一袋(同号の四一)

(9)  未収金について

一、山倉清の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、常陽銀行上野支店糸井清市作成の上申書

一、押収にかかる領収証等一袋(前同押号の五六)

(10)  前払金について

一、押収にかかる名刺一袋(前同押号の六)

(11)  有価証券、株式売買損益、投資信託収益、投資信託売買損債権売買損並びに源泉税について

一、大蔵事務官大沼三郎作成の有価証券調査書

(12)  店主貸について

一、大蔵事務官大沼三郎作成の店主貸調査書

(13)  建物について

一、老川兼吉の大蔵事務官に対する質問てん末書二通

一、高森建設株式会社代表取締役高森勇作成の上申書

一、大蔵事務官大沼三郎作成の減価償却計算書

一、押収にかかる見積書一綴(前同押号の一四)、工事請負契約書一綴(同号の一五)並びに家屋賃貸契約書一通(同号の二三)

(14)  建物附属設備並びに器具備品について

一、大蔵事務官大沼三郎作成の減価償却計算書

(15)  土地及び借地権について

一、山倉清並びに鈴木三枝子の各大蔵事務官に対する質問てん末書

一、国土計画興業株式会社代表取締役堤義明作成の取引関係写

一、小野武夫作成の上申書(但し、記録番号一四〇のもの)

一、茨城県土浦県税事務所長和田達雄並びに同県水戸県税事務所長山中平守各作成の回答書

一、武蔵野銀行東京支店岡田昌弘作成の証明書

一、押収にかかる領収書一袋(前同押号の九)、同一綴(同号の一二)、同一枚(同号の二五)、不動産売買契約書一綴(同号の一三)、見積書一綴(同号の一四)、工事請負契約書一綴(同号の一五)、土地売買相互契約書・一通(同号の二六)、土地売買契約書領収証等一袋(同号の三一)、土地取引案内状一袋)同号の四〇)、契約書一袋(同号の四二)並びに領収証等一袋(同号の五六)

(16)  前払費用について

一、大蔵事務官大沼三郎作成の別途借入金調査書

(17)  支払手形について

一、三井銀行本店営業部預金課作成の証明書

(18)  買掛金について

一、株式会社富士ゴルフ代表取締役北村武雄作成の回答書

一、押収にかかる買掛帳一綴(前同押号の四)

(19)  未払金について

一、押収にかかる領収証一袋(前同押号の九)、同一枚(同号の二五)並びに土地売買相互契約書一通(同号の二六)

(20)  借入金について

一、国分昭一、近藤光義並びにロバート・Y・野口の各検察官に対する供述調書

一、三井信託銀行上野支店長野路道夫作成の証明書二通(四二・三・一五、四二・三・二四)並びに同銀行浦和支店長鈴木幸一郎作成の証明書一通(記録番号五三のもの)

一、押収にかかる担保明細一綴(前同押号の四三)、貸付申請書附記一綴(同号の四四)並びに取引カード計二綴(同号の四五、四六)

(21)  貸倒引当金並びに価格変動準備金について

一、下谷税務署長作成の証明書

(22)  配当控除並びに譲渡所得について

一、北村武雄作成の上申書

一、押収にかかる不動産契約書一綴(前同押号の五)並びに土地売渡仮契約書一通(同号の五七)

(法令の適用)

被告人の判示各所為中、第一の事実は昭和四〇年法律第三三号所得税法附則第三五条により、その改正前の所得税法第六九条第一項に、第二の事実は昭和四〇年法律第三三号所得税法第二三八条第一項に各該当するところ、情状により懲役刑と罰金刑とを併科することとし、なお罰金の額については、免れた所得税額がいずれも五〇〇万円を超えるので、判示第一については前記改正前の所得税法第六九条第二項により、同第二について前記新所得税法第二三八条第二項により、それぞれ五〇〇万円を超えその免れた所得税の額(第一については二、四九九万七、九二〇円、第二については三、四三七万九、三七〇円)に相当する金額以下とし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をなし、罰金刑については同法第四八条第二項によりその合算額の範囲内で科するものとし、よつてその刑期並びに金額の範囲内で被告人を懲役六月及び罰金一、三〇〇万円に処し、罰金不完納の際の換刑処分については、刑法第一八条第一項により金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、なお諸般の情状を考慮し、同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、本件公訴事実につき、(イ)昭和三九年分の実際課税所得金額は四、四六五万二、一〇〇円であるとしているが、このうちには青色申告書提出の承認を取消されたため必要経費に算入することを否認された貸倒引当金二九九万七、二〇九円と価格変動準備金五一一万二、五四一円が含まれており、(ロ)昭和四〇年分の実際課税所得金額は五、八二〇万五二〇〇円であるとしているが、このうちには同じく貸倒引当金の繰入額四二二万六、八八一円から前年分の同引当金を繰もどしたものとの差額一二二万九、六七二円及び同じく価格変動準備金の繰入、繰もどしの差額五六二万六、九五七円が含まれているのであつて、これらは各申告当時青色申告書提出の承認を受けていたことから、その特典として税法上当然必要経費に算入することを認められていたものである。従つて右の金額に対応する税額については、被告人としては本件各行為当時逋脱の犯意を有しなかつたといわざるを得ないから、各年分の所得税の逋脱金額中からこれを控除すべきであると主張する。

(二)  前掲各証拠を総合すると、弁護人の指摘するとおり本件公訴事実に記載されている各年分の実際課税所得金額中には、被告人につき新所得税法第一五〇条第一項第三号に該当する事由ありとして所轄税務署長により、青色申告書提出の承認を取消されたため必要経費に算入することを否認された貸倒引当金及び価格変動準備金の各金額が含まれていることは明らかである。これら貸倒引当金及び価格変動準備金は、いずれも事業所得、不動産所得又は山林所得につき税務署長より青色申告書提出の承認を得ている者が、所得税法及び租税特別措置法に基づいて受ける税法上の特典であるが、反面所得税法に定する事由に該当するときは(旧法第二六条の三第一〇項、新法第一五〇条第一項)、税務署長はその該当する年まで遡つて青色申告書提出の承認を取消すことができ、この処分がなされれば右の各特典も認められなくなり、所得の計算上必要経費に算入することは許されない結果となるのは当然である。

ところで企業経営者としては、自己の企業活動の成果たる所得に対する租税の賦課・徴収について特に強い関心を有するものであること、そしてその負担の適法な軽減方法に関し日夜腐心していることは公知の事実である。青色申告制度の本来の目的は、納税者をして帳簿に取引事実を正確に記録せしめることにより、自己の企業活動の成果を的確に把握させ、もつて真正な課税の実現を期することにあるが、同時にこれが奨励、援助のため採られている税務行政上の諸特典の効果もまた軽視することはできないのであつて、むしろ納税者が青色申告書提出の承認を求める主たる目的も、これに伴う税法上の特典を受けることにより税負担の適法な軽減を図るにあるといつて過言ではない。企業経営者の租税に対する態度が右のようなものであり、いやしくも青色申告提出の承認を得又は得ようとするものとしては、青色申告制度の趣旨、特典のみならずこれが取消の要件及び取消された場合に蒙る措置等この制度一般について一応の理解を有するであろうことは容易に首肯し得るところである。

(三)  いまこれを本件について見るに、証拠によれば被告人は昭和三九年分より青色申告書提出の承認を得ることとなり、青色申告に関する説明を受け帳簿も整理したが。課税が多額に上ることをおそれて自己の全資産を公表帳簿に記録せず一部を簿外とし、また取引事実に関してもことさら売上の一部を隠ぺいする等して結局本件逋脱行為に及んだ事実が認められる。このように青色申告書提出の承認を得ていながら、ことさら法令に定められた記帳義務に違反している以上、これが税務当局の調査又は査察によつて発見された場合には、その取消処分がなされ得るであろうことはたとえ確定的ではないにしても当然予測できる事態といわなければならないから、被告人としては青色申告書提出承認の取消処分について全く認識がなかつたということはできないのである。

ただ青色申告提出承認の取消は、税務署長のなす行政処分であつて、納税者に法令の義務違反があつた場合、自然発生的にその効果を生ずるものではなく、また本件の如き逋脱犯は、法定の納期を経過することによつて既遂に達すると解されるところ、このような処分は通常その納期を経過した後に行われ、これが当該年分まで遡つてその効果を生ずるものであるが、税務署長の右取消処分は、納税者が法令に規定された義務違反という厳格な要件に該当することによつてはじめて許される処分であるから、納税者の義務違反行為とその取消処分に基づく効果との間には刑法上の因果関係を認めるのが相当であり、さらに犯罪の結果の大小は既遂に達した時点において確定するものではなく、裁判時を基準としてその行為と因果関係が認められる範囲において認定すべきものであるから、裁判時までに取消処分がなされておれば、この処分に基づく効果をもその結果として認定するを妨げないのである。

右のような次第であつて、被告人としては自己の法令の義務違反に基づく青色申告書提出承認の取消という処分のあり得ることを確定的でないにしても認識していた以上、その効果として貸倒引当金及び価格変動準備金として必要経費に算入したものが否認され、当該年分の所得に計上されることも予測していたといわざるを得ないのであつて、これに対応する税額について逋脱の故意がなかつたとはいえず、弁護人の主張は採用できない。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤暁)

別紙一

修正貸借対照表

渡辺明

昭和39年12月31日

〈省略〉

別紙二

修正貸借対照表

渡辺明

昭和40年12月31日

〈省略〉

別紙三 税額計算書

昭和39年度

〈省略〉

別紙四 税額計算書

昭和40年度

〈省略〉

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